はなこの暮らし工房

ガーデニング、絵手紙、絵遊び、昔は料理が趣味だった主婦の日常生活

母の宝石箱

実家の片づけの時、亡くなった母の宝石箱を私がもらってきました。

20120516母の宝石箱

それから、3カ月も経つでしょうか、やっと、手入れをして綺麗にしました。

母が生前、この宝石箱を使っていたことも、私は自分の子育てが忙しく、記憶にないのですが
取りあえず、姉も妹も「いらない。。。」でしたので、持ってきました。

そんなによいものではないと思いますが、私が使った後は、誰かが使うのだろうかと・・・
そんなことも頭をかすめながら(多分、無いですね)
仕上げ用の保護材をお天気の良い日に塗ってみました。

扉の引き出しをひくと、「愛の賛歌」のオルゴールが聞こえて来て、仲のよかった両親を思い出したりしました。
母の夢はめったに見ませんが、何か話の筋を覚えていない父の夢は、亡くなってから何度か
見たりしました。

今でも新聞紙上では、胃ろうの話題が載ることがありますが
母はあのとき、あのときは、どういうことを胸に抱えていただろうかと、今でも考えることがあります。

母の使った宝石箱、母と同じく高価なものは私も持っていませんが、使うたびにきっと母を思い出すでしょう。
母を思い出す度、感謝の思いが膨らみます・・・・・
私も元気でいなくては。

亡くなってから4度目の母の日が過ぎていきました。



晩御飯
はんぺんフライ 付け野菜 ヒジキ煮 肉屋の焼き鳥 白瓜漬けもの ご飯 味噌汁
20120514晩御飯

白瓜が出て来回りました。
瓜は半分に割って種を除きほんの少し塩をしてから、梅干しと漬けもの液(市販のもの)少々で一晩漬けました。

人間、自分の口で食べられなくなったら終わりです。
他の人はどう考えるか分かりませんが、私は自分の時はそう思っています。
周りの人が困らないように、ちゃんと記しておかないといけないとと思っています。

 [ 2012/05/16 14:44 ]  | TB(0) | CM(-)

父の旅立ち

18日未明、父が亡くなりました。
高齢でとても元気で頑張って暮らしていましたが、あっという間に、母のいるところへ旅立って
しまいました。

母が生きていた頃は本当に仲の良い夫婦でしたから、3年前の母が亡くなったとほぼ同じ日に、
同じ年齢でこの世を去っていきました。(母の方が3歳年上でした。)
95歳でした。

都内のお寺に眠ることになります。

20110122お寺


お別れの納棺に、手紙と絵手紙、しばらく会っていなかった私の家族の写真、そして
お風呂が大好きだった父に、沐浴剤をひとつ納棺のひつぎに添えました。

突然の旅立ちでしたが、お葬式の日まで一週間の時間がありましたので
親不幸をどうやって詫びようと思いましたが、その時間のお陰で、自分なりに心の整理を
形ばかりですが、あれこれとすることが出来ました。

親不幸だった娘からの思いが、届くことを祈って描いた絵手紙です。

お別れ絵手紙

色々な思いを言葉にするのは難しいですが、親子ですから心の奥では父もきっと分かってくれていると思います。


先に逝ったお母さんが迎えに来てたでしょう?
お母さんに会えたでしょう、お父さん?

わたしもそちらにいった時は真っ先に会いに行きますからね。

それまでは天から、今まで通りに私達を見守っていてくださいね。

最期のお別れになりましたが、わたしが生きている限り両親は、
私が父母を思う時には目の前にすぐ現われてくれる「永遠の命」なっていきました。

ありがとう、お父さん。
安らかに眠ってくださいね。


 [ 2012/01/26 21:53 ]  | TB(0) | コメント(22)

母の三回忌

早いもので、1月22日は母の命日でした。

これは、白木の「千の風」のオルゴールです。
昨年の春に夫が河口湖のオルゴールの森に行った時のお土産ですが
「何の絵があうだろう・・?」と、ずっと考えていたので今頃になってやっと絵付けを仕上げました。

  「千の風」オルゴール

カサブランカを今までにもいくつも描くものですから、息子が「お母さん、百合の絵が好きだねぇ・・」と
これを見て言います。
オルゴールの曲が「千の風」ですから、母に因んだものを・・・と思っていたのです。

昔、素麺の板に母が描いた山百合の絵があります。

  母の山百合の絵 母の作品

それを見ていると、母の絵を模写をしようか・・・?カサブランカにしようか・・・と迷った末
PCに残っていた庭のカサブランカの写真を見ながら やっと仕上げました。 

母の三回忌の日にあわせてやっと完成になりました。


母の眠る都心のど真ん中にあるお寺さん
  三回忌・お寺さん

冬晴れの日、三回忌の法要を行いました。

時は駆け足で流れていく・・・・




 [ 2010/01/24 00:00 ]  | TB(0) | コメント(10)

日本水仙がもう、咲いてきました

私の庭では、毎年1月新年が明けてから咲き出すのですが今年は早いですね。
もう日本水仙が咲いてきました。
日本水仙の花から私が連想するものは「早春」なのですが、今はまだ初冬ですね。

  091214日本水仙

日本水仙は他の水仙よりひと際、香り高い。

母の一生のお別れに手向けた庭の日本水仙が今年も咲いてきましたよ、お母さん。
来年はもう、三回忌です。
そちらでの生活は慣れましたか?
お母さんのお母上やお父上、私の息子らが幼かったときに飼っていたジャック(犬)にも会えたでしょうか?

今年も母さんのお墓に持って行きますね、お母さん。

母が亡くなってから庭の日本水仙は、納棺の日を思い出す花になりました。


晩ご飯
焼カレイ 小松菜と厚揚げの煮びたし 山芋おろしのバター焼 白菜漬け 御飯 みそ汁
  091214晩御飯

焼きカレイがとても大きいので、2尾を3人で頂きました。

 [ 2009/12/16 00:00 ]  | TB(0) | コメント(12)

母が好きだったシュウカイドウの花

花というものは、音楽や昔に読んだ本などとも一緒で、その花が咲くと昔のいろいろな思い出と
一緒にやってくることがあります。

夏の終わり・・・秋の始まりの頃に咲いてゆくシュウカイドウの花も
私にとっては母の好きだった花のひとつで、この花が咲き始めると思い出す光景があります。

  0909シュウカイドウ

私が結婚して初めて家を構えた生田の小さな家の庭先に、このシュウカイドウが沢山咲いていました。
初めて家を訪ねてきた母が坂道をあがって、このシュウカイドウの花が咲き乱れているのを見て
「私、この花好きなの。」と微笑んでいたことをいつもこの花が咲いてくると、母の笑顔と一緒に
思い出します。
ただのそんな、一瞬のような光景ですが。

美人だった母の写真が出てきたので、いつか載せてみたいと思っていましたが
シュウカイドウの花が咲いたので、その機会が来ました。
時は流れ、大きなその時間の流れから比べると人が生きていく時間はほんの一瞬に過ぎないかもしれませんが
こんな思い出まで生きているうちには何回も訪れるということは、今は居ない母と会えるようで
嬉しいことです。

  母の写真

母が28歳くらい、兄を抱いています。
母の島田の髪は自分の髪だそうです。
何時だったかまだ母が若かった頃、見せてもらったこの写真を私が気に入って
「持って行きなさい」と、もらってきた写真です。もう・・・セピア色ですね。
もう70年近く前に撮った写真ですが、大事にしています。



晩ご飯
ケンタッキーフライドチキン 金平入りサラダ とり皮焼き鳥 ジャガ煮 梅と大葉の混ぜ御飯 みそ汁
  090909晩御飯



 [ 2009/09/10 00:00 ]  | TB(0) | コメント(11)

母の一周忌

1月22日、母の一周忌の日がやってきました。

   J

細い細い小雨降る寒い日でした。
改めて、こんな日に母は永遠の眠りに天に召されていったのだと思い出しました。

一年経ったこの日が遠い日の出来事のような気もし、兄弟が集まる時はいつも母の笑顔があったのに
それが無い今日のこの日が、なにかとてつもない寂しい日のように思えた一周忌の日でした。

最近は、「千の風」の歌のヒットもあって、死者はお墓なんかに居ないという考え方もある意味
浸透して来ましたが、どうでしょうか?

私は宗教を持っていませんが、母を思う日は母が生きていた頃のようにのように、
私の中では母と会話が出来る日々でした。
「きっと、母はこう言うだろう。」と、容易に想像出来たからです。
そういう意味では、母は自分の側にいつも居たと言えるかも知れません。


会食も終わりまだ仕事もある夫と玄関に出たところで、義姉が小走りに追ってきて
私にひとつのものを手渡しました。
後で見てみるとメモが入っていて、
「お母さんから頂いたものです。私も先行きも分からないので○○ちゃん(私のこと)が
持ってくださるといいのですが、お願いします。」と、ありました。

母の手つくり?かも・・・・・の小袋
   母の袋物

義姉は多分、こういうものに母の居場所を求める私の気持ちを知っているのかもしれません。





 [ 2009/01/24 11:30 ]  | TB(0) | コメント(6)

お墓参りに行ってきます

とっても暑いですね。
お盆なので、母のお墓参りに行ってきます。    

    ほおずき絵手紙


母と遊んだ思い出のほおずきを持って、お墓参りに行ってきます。

昔、井戸の周りでほおずきを作って鳴らして遊んだものです。
が、いつも私たちは鳴らせません。
お祭りで買った海ほおずきもなぜ母だけ鳴らせたのか・・・・・子どもの頃の思い出です。

調度昨年の今頃だったのでしょうか?
病院に入っていた母のところに、ほおずきを持って行ったときの母の表情を思い出します。
ほおずきを開いて開けようとする私に「ダメヨ、ダメ、ダメ」とでも、言うようにあわてて母が手のひらを
横に振りました。

病院は、母にとって仮の場所で、「ここでは開けてはだめよ。(汚れてしまうから?)」と、言ったように
私には思えました。
それとも、ほおずきの袋を壊したくなかったのか・・・?
「いいのよ、大丈夫よ。」と言うと母は安心した様子で、私と母はほうずき遊びを楽しみました。

赤いほおずきの思い出です。

時は流れ、昔を懐かしみながら一緒に遊ぶことも、もうありません。




 [ 2008/07/15 07:00 ]  | TB(0) | コメント(5)
旬の花時計
プロフィール

はなこ

Author:はなこ
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東京都在住
庭で咲いた花、手作りしたもの、毎日の生活のひとコマを綴ります。
自分の為の備忘録。

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