はなこの暮らし工房

ガーデニング、絵手紙、絵遊び、昔は料理が趣味だった主婦の日常生活

今年の夏の家族旅行・軽井沢

35年ぶりに軽井沢に旅しました。

左上の写真は軽井沢駅。
後の3枚は、ショッピングプラザ。

20150810軽井沢1

お洒落さんの集うショッピングプラザですが、若者であふれていて主にはブランドの服やバックのお店が入っています。
夏のバーゲンが開かれていましたが、うちの家族にはお洒落さんがいないので、ここは疲れました。

駅前の古いお蕎麦屋さんでお昼を食べた後、旧軽井沢通りを少しだけ歩きます。
帰る日にもここはまた来るつもりでしたのでこの日はさらっと。

私には好都合で、今、時の人、篠田桃紅さんの展覧会をやっている「ギャラリー・桜の木」に出会い
思わぬところで、本物を桃紅さんの絵画を楽しみました。(売約済みもありましたね。)

もうひとつ、軽井沢草花館では、軽井沢の自然の草花を描いた画家・石川功一の水彩画展にも寄ってみました。

20150810軽井沢2

双方とも家族は、興味がないのでこちらは私一人で見ました。
買って来た草花のはがきを見て、「好きそうな絵だね。」と、息子が言います。

軽井沢は東京と気温10度違うと思っていたのですが、東京とも大差なく暑い日でした。

宿泊地の北軽井沢の軽井沢グリーンホテル。
お盆でとても混んでいました。
近くに子どもが遊べるおもちゃの王国がありましたので、家族連れでいっぱいでした。

20150810軽井沢グリーンホテル

朝から日差しが強く、半日の観光バスに乗りました。

観光バスは、嬬恋郷土資料館~
明治時代に外国人宣教師によって伝えられたという嬬恋キャベツ。

活火山・浅間山の歴史や噴火のこと、今も噴火レベル2とされていることなどを興味深く資料館を見学しました。
日本列島の地下に、活動する火山群の模型があったのですが(写真を撮ってこなかった)、それを見ますと
それは恐ろしいくらいに無数で、原発などつくるのはとても危ういことだと再認識しましたね。

浅間山の天明の大噴火(1873年)の記録はよく展示されていましたが、
当時生き残った村人たちは秩序よくものを平等に分け合い暮したということに日本人はすごい!と思ったりしました。

その大噴火の時溶岩が流れてきて、逃げた人の生死を分けた階段といわれる15段の階段。
上まで上がった人は助かり、登れなかった人は・・・・

浅間山噴火生死を分けた階段

(今でも欠かさず毎日ここの観音堂を掃除にやってくる村人がいる・・・と帰って来てTVでも見ました。
この人たちがそのようでした。
見物の私たちにもお茶やお漬物のふるまいをしてくださっていました。)

水のあるところは美しい、ここは白糸の滝。

白糸の滝201150812

冬も枯れることなく流湧きでます。水温は11.8度とやや高めですが、これは火山活動の地熱によるもの。
降った雨が6年の歳月をかけて湧きでてくるという。やがて千曲川に流れ出る。

白糸の滝2

軽井沢らしい並木通り。両脇に別荘地やゴルフ場、別荘地を訪れる人お目当てのちょっとした
レストランなどが続きます。

軽井沢並木通り 軽井沢並木2

そして、軽井沢の鹿鳴館と言われた重要文化財の指定を受けた 旧三笠会館。
純西洋風木造ホテル。昭和45年までホテルとして使われていたとか。

旧三笠会館

昔は宿場町としての軽井沢。避暑地としての軽井沢。そして今は恋の町かな?
1年に約5000組の人たちが軽井沢で結婚式を挙げるという。
明治の頃は特権階級の人たちのものから広がり、一時は財界人の避暑地として、芸能人の別荘地etc・・・・

そして帰る日にも歩いた、旧軽井沢通り。
東京の原宿通りとよく似た賑わい。

20150812旧軽井沢通り

この通りには6店舗位もあった腸詰屋。

腸詰屋

家族が好きなのでここで最後のお昼ご飯。
私はとても食べれそうにないので小さなソーセージを。
ご飯写真を一枚も撮れませんでしたが、4回のバイキング食で太ったかも知れない・・・・・。

今年の夏の家族旅行でした。





 [ 2015/08/22 22:58 ]  旅・お出かけ | TB(0) | CM(-)
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