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はなこの暮らし工房

ガーデニング、絵手紙、絵遊び、昔は料理が趣味だった主婦の日常生活

第2回 我が町のフットパス・・・「黒川」と「鶴川~真光寺」

第2回目の我が町のフットパスでした。
今回は「黒川」と「鶴川~真光寺」の2か所をつなげたコースです。
この日は朝からあまり足の具合がよくなかったようでしたので、歩くにちょっと苦労しました。

まず黒川。
ここは時々買い物に行く、「セレサモス」の周りの地域で、野菜畑やリンゴ畑があり農業の盛んな地域です。
近くには我が家の墓地もあります。
谷戸の向こうは多摩丘陵が広がり、来月歩く予定の調布や布田に続く往還道として歴史遺産の布田道が
続きます。

黒川の里山はこんな感じ

20150123フットパス1・黒川地域の里山1

雨上がりの冬の澄んだ空気と光がとても美しい谷戸沿いの山道。
落ち葉が歩く足に優しい・・・

20150123フットパス2 20150123フットパス3

黒川道と多摩ニュータウンを分ける地点か。

20150123フットパス4

この日は雨上がりの歩くにはとてもよい素晴らしい日でした。
見晴らしの良いところでは、富士山の雄姿をはっきり見ることができたのです。

20150123フットパス5

風も少し冷たかったですね。標高148Mから。
墓所の裏手はこんな、古道が広がっていたことも初めて知った。

鶴川街道、入り谷戸から真光寺地区へと入る。真光寺公園でひと休み。
鶴川台尾根緑地道を歩きます。
相変わらずの今日の美しい輝き。

20150123フットパス6

目印の神明神社手前の尾根道からも美しい富士山が眺められました。
富士山↓が見える尾根が続きます。

20150123フットパス7

さてこの鳥は、モズか? ジョウビタキか?(笑)  はたまた・・・・

20150123フットパス8

そしてやっと着いたお昼処は、この辺りでは有名なお蕎麦屋さんの「櫻屋」さん。
向かいには川崎フロンターレの麻生グラウンドがある。

20150123フットパス11お昼 ・櫻屋

隣で食べる友人に聞く。
「どう?、美味しい?」
「ふ・つ・う・・・」

そして、そこからは鶴川駅までのアスファルトの道や平和台地区の山坂の多い地域を抜けて
鶴川駅まで歩き終点となりました。

イギリス生まれのフットパス。
が、2回を終えて思うことは、歩くことに一生懸命になりすぎたかもしれないということ。
地図に忠実に道を間違えないようにと思うことが強く、のんびりと歩いていなかったのではないかということ。

日本人はとても健康志向だし、沢山の距離を歩いたら身体によいとか、運動になったとか思うのではなかろうか。
生活を健康志向にと考えることをできようになった現代人にとっては、歩くと言えば、数値に置き換えて
(何歩だとか何キロ歩いたとか)考え過ぎてはいないだろうか。
私自身もご多聞漏れず。

ふっと、思い出したことがあった。
何年か前「里山歩きの会」に入って歩いていたときのこと。
「里山歩き」は、「ウォーキングでは無いのです。」というガイドの先生の言葉。
「里山歩きの会」はどちらかと言うと、このフットパスに近い意味合いであったと思う。
里山を歩きながらそこの生息する植物を学び、地形を学び、古くはそこに住んだ人たちに思いをはせる
会であった。
その頃はまだ、“フットパス”という言葉は聞かなかった。

が、今回も歩くということに一生懸命になりすぎた感が私にはある。(のんびりできない現代人)

『森林や田園地帯、古い街並みなど地域に昔からある、ありのままの風景を楽しみながら歩くこと』を
次回は再認識して第3回に臨みたいと思いました。

フットパスとは、ウォーキングとは違ったものを味わう歩き方だ。
考えれば何でも奥深いものを持っているものだと、ささやかな反省もこめて。

次回2月は、「下堤~小野路」を歩きます。
旧小野路宿は室町時代から栄えた大山道の宿場。
このあたり、かつて豪農であった小島家に、近藤勇や土方歳三らが剣術を教えに稽古に励んだ所と言われる。
資料館もある。
どんな眺めが待っているのかを楽しみにしています。
お天気に恵まれますように・・・・・また、お宜しくね。



晩御飯
おふの卵どんぶり ホウレン草お浸し お汁 漬け物
20150123晩御飯

御飯はほんの少しですが、かさばるおふのカサがあって大きく見えます。
油気のないあっさりしたお味です。
この日も食べに行こうかとも思いましたが、帰ってから出かけるのがこれまた面倒で即できる丼ご飯になりました。


第1回 我が町のフットパス・・・三輪

友人と「我が町のフットパスをしよう」と、第1回を楽しみました。
この日は(12月8日)風も無い晴れの天気で、歩くにはとてもよいウォーキング日和になりました。

 「フットパス」とは、イギリスを発祥とする“森林や田園地帯、古い街並みなど地域に昔からあるありのままの風景を楽しみながら歩くこと【Foot】ができる小径(こみち)【Path】”のことです。(日本フットパス協会HPから)

案内書は、“NPO法人みどりのゆび”出版の2冊の多摩丘陵・散策ガイドと町田版2冊を使います。
第1回は、鶴川駅から~「三輪」へのコース9.6キロを歩きました。
ガイド地図を参考にしましたが、迷っって同じところをまわっていたり、違う道を歩いたりしましたので
この日、出発の家から帰宅までは、14キロ、25131歩、3時間30分(歩数計から)になりました。
一晩明けて、今日はすっかり筋肉痛です。

この日のコースの“三輪”という地名は、古事記や日本書紀にある大和三輪の国(奈良県)の景観によく似ているところから
名つけられたと言われています。
緑豊かな環境と数多い神社仏閣と古墳が多く残っています。

ここは、白洲正子さんが愛し名つけたといわれる“三輪の里山”
駅の反対側には、白洲正子記念館の“武相荘”もあります。

20141208三輪・フットパス1

3年くらい前、里山歩きの会に入っていたころ、このコースを一度歩いたことを思い出しました。
春にはしだれ桜や菜の花がそれは美しい景観。

20141208三輪・フットパス2

今はO家がこの里山の管理をしてこの昔からの風景を守っていると聞きました。
美しい竹林に歩く足を止めて眺めます。

20141208三輪・フットパス4

ここはその昔、村と村を結ぶために切り開かれた、切り通しと呼ばれる地形。

20141208三輪・フットパス5

山道では地図にない道を歩いたようで・・・・山道を歩いて、横浜市・寺家ふるさと村 “四季の家”へ。
もうすっかり冬の入り口の佇まい。

20141208三輪・フットパス6

一面見渡す限りの田園風景の中に建つ“四季の家” ここで12時、お昼休憩にしました。

20141208三輪・フットパス10

お昼の天せいろ。

20141208三輪・フットパス7

こんなのどかな田舎の田園風景が残っていますが、すぐ近くにはTBS・緑山スタジオ(横浜市)や
ずっと以前ですがTVでちょっとしたブームになった、「男女7人夏物語」(さんまさんと大竹しのぶさんが結婚するきっかけ
となったドラマ)のロケ地で、綺麗でおしゃれな住宅街が隣接しています。

20141208三輪・フットパス8

この辺りは多くの歴史的遺跡が残っています (8~9Cのものとか)  
西谷戸横穴墓群
人骨の一部や装身具、刀などが発掘されたと言われます。

20141208三輪・フットパス9

この先の住宅地にある三輪中央公園でもう一休みして、午後3時に出発地に戻りました。
こうしてめでたく第1回フットパスを無事に終えました。
頑張りましたね、楽しかったです。
第2回は来年1月に、黒川~真光寺~鶴川を歩きます。


晩御飯
レトルトのカレー 小松菜とつみれ煮 お汁
20141208晩御飯

疲れたので、外に食べに行こうかとも思いましたが出かけるのも億劫で、レトルトを見つけて晩御飯に。

都内の森めぐり  最終 「皇居東御苑」

ほぼ月1回、春から参加していた「都内の森めぐり」も11月が最後になりました。

最終回は、「皇居東御苑」でした。
皇居東御苑は、旧江戸城の本丸・二の丸・三の丸の一部を宮殿の造営にあわせて皇居附属庭園として
整備されたもので、昭和43年(1968)から公開されています。

とてもきれいに手入れされていましたし、木々が大きくてどれもとても立派です。
外人の観光客らしき人たちも多く散策されていました。

写真は上右回りに
大きなクスノキの木、皇居にしかないと言われる香り高い、繊細な感じのカモメギクそしてツワブキの立派な大群。

20131121皇居東御苑1

ミヤマシキビの大きな実 ハゼの実 紅葉の風景

20131121皇居東御苑2

香淳皇后のご還暦を記念して建てられた桃華楽堂。ヤマボウシの紅葉。
天皇の提案で造られたという武蔵の風景を模したという雑木林。

20131121皇居東御苑3

美しい城壁跡の数々・・・

20131121皇居東御苑4

皇居東御苑に面した、近代的なビル群(大手町)とお堀の白鳥。

20131121皇居東御苑5

広々とした庭園を風もなく、秋の日和のよい日で散策するには持って来いの、気持ちの良い日でした。

大きな大きなクスノキによりかかって、抜けるような空を見上げて、これぞまさしく ニンベンに木で、休という字の
スタイルも学びました。

本来自然と人は互いに育てあうものであり、植物の姿や生き方を学ぶ講座でもあったかと思います。
7回通ううちに仲間とも打ち解け、毎回歩き終わると「お腹が空いたネ~。」と大人数で近くのお店で
食事を囲み解散になりました。

即、来年も申し込む人いましたが、私はどうなるかな~
来年の事は来年にならなくっちゃ分からない・・・ですね。

森歩き、もう少し近かったらもっと楽だったかと思いますが
毎回、朝のラッシュ時間の電車に乗ってと・・・集合場所にたどり着けなかったのが・・・ちょっと大変でした。
私のところからは、東京のこっちからあっちの方の公園ばかりで、とても遠かったです。

明治神宮と新宿御苑以外は、初めて訪れた公園でした。
季節ごとに表情を変える公園歩き、歩いてみればどこの公園もみな、気持ちがよかったです。



晩御飯
20131121晩御飯

晩御飯は500calと思っていますので、写真のもの全部食べるとは限りません。


富士山すそ野一周ウォーク 第4回

富士山すそ野一周ウォーク 第4回でした。
今回は御胎内温泉~十里木の13キロ4時間30分です。

雨の日中のウォークになりました。
まだ梅雨が明けていないし、私の地方では今年は割にカラ梅雨ですし恵みの雨と思わなければならなかったですね。
が、雨の中を傘をささずに歩くことも初めての経験でしたし、雨カッパの中が濡れるほどというのも
初めての経験になりました。

では・・・

第3回からの続きから・・・
御胎内温泉・時空の森 地点から予定どうり9時30分の出発です。

富士山すそ野一周ウォーク 第4回1

霧がかかっています。
普段の生活で霧にお目にかかることはほとんどありません。
ここでストレッチ後、出発になりました。 

 富士山すそ野一周ウォーク 第4回2 富士山すそ野一周ウォーク 第4回3

霧はずっと出ていて、晴れません。
コースの都合上、早いお昼10時40分~

富士山すそ野一周ウォーク 第4回4

いつもご飯写真を忘れてしまいます・・・
手作りで美味しいお昼でした。
昨年辺りまでこのツアーではお昼は各自持ちで、場所のよさそうな所で食べていたらしいのですが
それを見た地元のお店が旅行会社に、地元の店を使ってもらえないだろうかと旅会社に申し出て
お昼は地元のお店でということになって来たとか。
地元の歓迎も見えて、その方がよいと思いました。

さてこれから、世界遺産に登録されたポイントの一つの須山浅間神社。

富士山すそ野一周ウォーク 第4回5 富士山すそ野一周ウォーク 第4回6

昨年の12月に新しく建て替えられたばかりだそうです(総工費は8000万円とか)
この辺りから雨はジャンジャン降ってきました。
ここから富士山へ登る登山道・須山口登山道は鎌倉時代から創建されたと言われます。

富士山すそ野一周ウォーク 第4回7

小さな5分ぐらいの休みを取りながら、午後の3時間半。歩き続けます。

富士山すそ野一周ウォーク 第4回8 富士山すそ野一周ウォーク 第4回9

5頭ぐらいの鹿の群れが高いところを歩いているのを見ました。居るんですね・・・

厳しいぐちゃぐちゃぬかるんだ登山道をひたすら登ります。
晴れていればそんなにきついところとは思いませんが。
やっと 忠ちゃん牧場 に着いた時はほっとしました。

富士山すそ野一周ウォーク 第4回8

ソフトクリームや牛乳が美味しかったです。
汗もびっしょりで、小屋の中はストーブが付けられていましたが(驚き)外の風に吹かれました。

富士山すそ野一周ウォーク 第4回9

一休みした後は道程30分ぐらいでしたでしょうか、国道際を霧で先10Mが見えないところを
トラックがもうスピードで走ってきます。
国道向こう側は富士山サファリパークで、ライオンの大きな叫び声も何回か聞こえてきて(笑)
でも、話をする余裕も無く必死に歩き続けたフニッシュでした。景色もあまり見る余裕も無く。

やっとゴールの十里木。そこから迎えのバスに乗って近くの御殿場高原 時之栖・気楽坊の温泉で
今日のウォークはやっと終わりになりました。

富士山すそ野一周ウォーク 第4回10 富士山すそ野一周ウォーク 第4回11

これで富士山一周ウォークの3分の1のコースを歩いたことになります。

富士山が世界遺産に登録されたことが決定し、旅行各社でこのすそ野一周ウォークが発売されはじめました。
が、運転手さんをひとり一日拘束11時間を超えることが出来なくなったそうで、12回でこのコース一周は今後は無くなる・・・もっと短いコースへ(17回)変更されているそうです。

今回は残念ながら雨のため、一度も富士山の姿を見ることができませんでした。

最後のところで夫と喧嘩をし、夫は「もう来ない。」と言いますのでもしかすると、ここで終わるかもしれません。
私の方も、残念ながらやはり旅は女友達とが一番だな~と思いました。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回

梅雨入りし、お天気模様を心配しながら富士山すそ野一周ウォークも 第3回目を迎えました。

まだ美しい緑の季節を堪能できたことや、晴天ではなかったものの、雨には降られなかったこと、
そして、富士山が文化遺産として世界遺産に登録されるであろうに相応しい、今まで知らずにいた偉人が
存在した物語を知るウォークになったことなどが、今回嬉しかったことでした。

今回は、須走り冨士浅間神社~伊奈神社~水土野~さくら公園~川柳浅間神社~印野~御胎内までの
約13キロです。
運よくどこを歩いていても、いろいろな姿の富士山を見ることができました。

須走り冨士浅間神社(正しくは東口本宮浅間神社という)前から眺めたこの日の富士山です。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回 浅間浅間神社

先月歩いた時より雪が解けていて、少しばかり男性的と思った富士山の姿です。

前回は最後にここに到着した時に雨に見舞われた須走り冨士浅間神社から、今回はここからのスタートです。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回①

平安の初め、富士山の噴火・地震が止まらず、国司は沈下を祈願するためここに祭事を行ったところ、
翌年噴火が止まったとされる。
以後人々の安泰と平和を祈る信仰を集めた神社。

それから300年以上もの長い間噴火は起こっておらず、いつ噴火してもおかしくはないと今、言われていますが嫌ですね。

緑は濃く美しく、花も芽吹いていました。

モミジ・ミズキの花・ホップのような花のクマシデ・ニリンソウ・ハナイカダ・マムシグサ

富士山すそ野一周ウォーク 第3回②

マムシグサは、雄株で何年か過ごし根っこに栄養を蓄積すると雌株に性転換をする植物だそうです。
後世に子孫を残して行くための、植物の様々な工夫です。

さぁ、これが今回一つ目の富士山周辺の偉人の伊奈半佐衛門忠順(イナハンザエモンタダノブ)の像です。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回③

宝永4年(1707年)11月23日富士山の5~6合目付近が爆発し、この辺りに莫大の火山灰を降らせました。
(約3M、浅間神社鳥居も大部分埋もれたという。)
当時この地方の小田原藩主は藩での救済を放棄し、亡村として幕府に返上しました。
見放された村民は餓死、逃げるもの数知れず、幕府は伊奈半佐衛門忠順に救済を命じたが、復旧は進まず
伊奈氏は老中の連署を得ずに、窮を急ぎ幕府の貯蔵米を放出して多くの人々を救ったのですが、
無許可で幕府の米蔵を開けた罪に問われて切腹を命じられた。
村民はその徳を偲んで、各地に伊奈神社を祀り長く語り継いだという話です。

像がある伊奈神社。270年後の昭和32年に伊奈神社と像が建立されました。小さい神社です。

伊奈神社

私はこの話を聞いた時、第二次世界大戦中、杉原千畝が戦火を逃れてくるユダヤ人難民の窮状に同情し
外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6000人にのぼる避難民を救ったという話を
思い重ねました。
いつの時代にも、正義に満ち溢れて自分の行動を起こす人がいるものだと思いました。

今回はすべてアスファルト道でした。マーガレットが綺麗に咲く国道沿い。
林間学校でウォークラリーをしている千葉県の人なつっこい可愛い中学生にもあったりして
お互いにエールを送り合ったりし、楽しかったです。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回⑤

近くは本州最大の広さを持つ自衛隊の東富士演習場があって、自衛隊の車が多く行きかいます。

そしてここが今回二つ目の、偉人を祀ってある野中夫妻の顕彰碑です。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回④

野中至は明治28年、正確な天気予報は高いところでの恒久的観測が必要との信念から私財で富士山山頂での
冬季観測に及びました。
酷寒での夫の身を案じて妻は後を追って山頂に登り観測をしましたがましたが、高山病、栄養失調、2時間置きの観測作業に
身体を壊し二人ともに救出されました。
後年夫婦はここの地に移り住んで、富士山測候所に勤務する人々にアドバイスと励ましを続けたという話です。
後年新田次郎の小説にも、取り上げられました。(伊奈半佐衛門忠順も。)
そんな時代に女の人が、富士山に登るなどということも皆無だった時代です。

今の気象観測の土台になったことでしょう。

さて、終着地の樹空の森公園。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回⑨

富士山がよくわかるビジターセンター、アスレチックやゴルフ場もありました。
隣には御胎内温泉があります。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回⑩

この日、この富士山すそ野一周ウォークを完歩された方がいました。
富士山がよく見える3階屋上で、完歩証が贈られました。記念の富士山腕時計も。
ウ~ン、すごい。
ツアーガイドの先生がオカリナで「富士山」を吹いてくださり、みんなで完歩を祝福しました。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回⑧

そしてここがこの日の温泉。御胎内温泉です。

富士山すそ野一周ウォーク 第3回⑦

一回一回が、辛抱や努力や運やいろいろのおかげの積み重ねです。
今日も勇ましく、美しい富士山と歴史をありがとう。

森を楽しむ 森めぐり 第二回

今回訪れた公園は、新宿御苑でした。

新宿御苑は徳川家康の家臣・内藤氏の江戸屋敷の一部がそのルーツと言われています。
明治に入り農事試験場を経て、明治39年に皇室の庭園になり、戦後昭和24年に国民公園として一般に公開されました。
園内にはフランス式整形庭園、イギリス風景式庭園、そして日本庭園が巧みにデザインされ、明治を代表する近代西洋庭園と
言われています・・・・パンフレットから。

御苑新宿門 入口のヒマラヤスギの大木・・・

20130516新宿御苑5

この公園を訪れる時、大抵私はこの門から入ります。
この大きな杉の木(ヒマラヤシーダー)が新宿御苑を象徴すると思っていたのですが・・・
違いましたね。今回、この公園のシンボルツリーも分かりました。

新宿御苑は由緒ある広い公園ですから、それはそれは大きな木が住んでいます。
いろいろな植物のルーツや植物がいかに種族を繋げるために何千年(5~6000年も前)も前から
巧みな方法で進化を続けた話を聞きながら公園を散策します・・・

森の小道には花が咲いた後の木の実のいろいろ・・・食べてみましたとも 。
写真右回りに、桑の実 野イチゴ 桜の実(サクランボとは言わない) 銀杏。

20130516新宿御苑4木の実

野イチゴの種類は、みな食べられるそうです。(美味しいかどうかは別にして)
いわゆる果物のサクランボではない桜の花の木に出来る小さな実は、〝桜の実”と呼ぶそうです。
イチョウの実・銀杏が鈴なりで・・・もう出来るのかと・・・不思議な感じでした。

ペカンというクルミの一種の木がありまして、その実を頂きました(ガイドの方が持参した)
クルミは水の側に生えて(そういえばそうだな~と思いながら)美味しく。
やはりクルミは木の実のキングです。

森の中では、クルミの殻の割れ方で、何の動物が食べたかも分かるのですって。
クルミをパリンと二つに割って食べるのはリス。
クルミの殻を割らずに、かたい殻の真ん中をほじくるように食べるのは野ネズミ。
なんと絵本的なお話かと思って微笑ましく思いました。

この木は ♪落羽松(ラクウショウ)という大木。珍しい樹だと印象的でした。

20130516新宿御苑6

落羽松 ←クリックでどうぞ

根元からでているのは気根と呼ばれる根っこで、これで酸素を取り入れる働きがあるそうです。
木は普通水の中には生えませんが、これは木の進化の様子を現す姿です。

樹齢は100年を超える。


そして、こんなに調度よい花の時期にタイザンボクを間近かに見たのは初めてです。

♪タイザンボク
20130516新宿御苑3タイザンボク/

あまりよい香りとは言えませんが、香ります。 離れて匂いを嗅いだ方がよい匂い。
花は直径20センチ以上はあったでしょうか。

大木戸門近くの 新宿御苑のシンボルツリー だという30Mもある巨木のユリノキです。 

♪ユリノキ
20130516新宿御苑1ユリの木

花はユリというよりチューリップの花のよう・・・

20130516新宿御苑2ユリの木の花

新宿御苑のシンボルツリーがこのユリノキです。
この木がこの公園のシンボルツリーということも知らなかったし、このユリノキというものを見たのも初めてでした。

幼い時から都会の田舎に住んでいるものですから、木の花もを知らなくて中々素敵な姿で衝撃でしたね。

こんな都会の真ん中に広~い緑のオアシスがあるって、素晴らしいです。

ドコモタワーと新宿のビル
20130516新宿御苑7

お昼になりました、解散です。
私たちはせっかくでしたが温室を見ずして、近くのレストランへ直行しました。

次回は、「林試の森公園」です。

富士山すそ野一周ウォーク 第2回

連休後期の前の日、富士山すそ野一周ウォーク第2回を歩きました。
この日は花の都公園~須走浅間神社までの12キロ、4時間半です(予定)

家の出発から花の都公園までは結構な雨でしたが、歩き始めましたら晴れて・・・・やはり私晴れ女でしたね。

花の都公園からの富士山。

20130502富士山ウォーク1

前回4月、この辺りは花はほとんど咲いていませんでしたが、今回はチューリップ畑は満開、桜は7割が散っていました。

20130502富士山ウォーク2

30分ほど歩いたところの山中湖から見る富士山です。
ワカサギ釣りが解禁されて、釣りのボートもちらほら出ていました。

20130502富士山ウォーク3

午前中のコースは、ここから地元の方々が縁結・子授・子宝・安産・子育を祈って祭られた山中諏訪明神神社を通って
山中湖文学の森公園まで。

20130502富士山ウォーク4

途中その昔、駿河と甲州を結ぶ荷馬車の愛馬を慰霊する馬頭観音像が。

20130502富士山ウォーク5

この辺りの気温は11度。富士山もまだ綺麗に見えました。

20130502富士山ウォーク6

午前中のウォークは、ほぼ2時間。
お昼は、ほうとううどんとワカサギのフライで、美味しかったです。

20130502富士山ウォーク7

午後は、このウォーク一周では一番標高の高い(1100M)篭坂峠越えです。
気温は9度に下がりこの辺りが今回の山場でしたが、道すがらの植物を見ながら歩きます。

上から右回りに♪キケマンソウ、マムシグサ、ネコノメソウ、タチツボスミレ、ツボスミレ、エンレイソウ。

20130502富士山ウォーク8

タチツボスミレとマムシグサはたくさん咲いていました。
スミレの中では一番極小のツボスミレ、初めて見ました。

延々と下る国道。
標高100Mを登って今度は標高200Mを下る・・・・この辺りが一番つらかったかも。

20130502富士山ウォーク9

そして今回のゴールの須走浅間神社。
到着したらぽつぽつと雨が降ってきて、何と運の良いことか。

20130502富士山ウォーク11

『富士山』の書き方が違いますが、理由があるのです。
4種ほど富士山の周りには違う書き方をするところがあるそうです。

ここは須走浅間神社の富士山の書き方です。その訳はまた・・・・

20130502富士山ウォーク10

今回の温泉は、「天恵」

20130502富士山ウォーク12

今回も疲れましたが、4月ほどではなかったような気もします。
家を出発して(私の携帯で)20.4キロ 31499歩でした。
ばてましたが、結構楽しかったです。足も少し自信がつきました。

折しも、富士山が世界遺産に登録される運びになろうかというニュースが前日報道されました。
残念なことに歩く道に、ゴミは前回も今回も結構あったと、申し上げておきましょう。

追記・特にこれからはもっと増えるであろうと予測される観光客のマナーに、特に心がけていただきたいことだと
思います。
地元の方たちは、富士山信仰という言葉が浸透しているはずと、私は思うのですが。
旬の花時計
プロフィール

はなこ

Author:はなこ
“はなこの暮らし工房”にようこそ!
東京都在住
庭で咲いた花、手作りしたもの、毎日の生活のひとコマを綴ります。
自分の為の備忘録。

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