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はなこの暮らし工房

ガーデニング、絵手紙、絵遊び、昔は料理が趣味だった主婦の日常生活

「いわさきちひろ 絵描きです。」展を見に行く

20180817いわさきちひろ展120180817いわさきちひろ展2 パンフ

東京駅にある美術館「東京ステーションギャラリー」で開催中の「生誕100年 いわさきちひろ 絵描きです」展を
見てきました。(いわさきちひろ 1918~1974)

何か懐かしい絵本を見るようでもあり、ちひろがたどり着いた絵の描き方の「にじみとたらしこみ」
私は今回見たかったのですが、それはあまりスポットが当たっていない展覧会だったので
この点から云えば、
これは石神井にある「いわさきちひろ美術館」の方へ見に行けばよかったのかもしれなかったかも
知れなかったですね。

この可愛らしい、優しい、柔らかな作風にたどり着くまで、ちひろも20年、かかったというのですから
ちひろといえば、子供の絵と連想するばかりですが、それ以前の時代の絵を見ることができました。

人はみな生きた時代なしでは語れないものがありますね。
ちひろさんの娘時代はずっと戦争の時代だったそうです。でも絵が好きで(14歳で画塾に通うようになり
絵描き家になると決心し、生きたその時代と生き方を見ました。

今知るいわさきちひろの絵の前身の絵で、素敵な油絵がありました。
「なでしことあざみ」「マスクをする少女」ほか4点。

ちひろの絵に描かれる子供は、ちょっとした子供のしぐさを捉えて、その子が持つその時の感情を
よく表していると思います。
絵本の挿絵としての効果がとてもよく絵に生かされて描かれていましたね。
恥じらいとか、ちょっとした寂しさ、小さな楽しみ、嬉しさの子供の小さな感情が絵ににじみ出るようです。
よく子供を観察したのでしょうね。
こどもの幸せと平和を願って子供の絵を多く描いたそうです。

黒柳徹子のベストセラー「窓ぎわのトットちゃん」の本の挿絵で世界へ羽ばたいていきましたね。
トットちゃんの本は世界30カ国を超えて出版されていますから。
黒柳徹子さんは今、安曇野と石神井のふたつの「いわさきちひろの美術館」の館長をしています。
この出会いは、千尋の死後のことだったそうですが、たった55歳でこの世を去ったちひろさんだったのです。

ステーションギャラリーは、初めて訪れた美術館です。
東京駅の中にあるというか隣接するというか、珍しい美術館ですね。

20180817いわさきちひろ展3 4センチ四方くらいの小さなチケット


駅舎の一角にある美術館で、地味で入口を見落としてしまいそう・・・・

20180817いわさきちひろ展4
ギャラリーの入口と、左写真、下・・・館内の階段の作り と 駅北口の美術館前の天井・・この周りの部屋が
美術館の中だったのかな?

重要文化財にも指定されている東京駅舎の歴史を感じさせる煉瓦壁と現代的な白壁の展示室が特徴的。
館内に入ると駅の喧騒がまったく感じられなくて、不思議な感覚?でしたね。

行き帰りの中央線からは、新しくなる新国立競技場の工事で何基ものクレーンが2020年のオリンピックに向けて
急ピッチで進められている様子が車窓から見えました。







 [ 2018/08/27 00:00 ]  美術館 | TB(0) | コメント(0)

「藤田嗣治展」を見に行きました。

20180809藤田展1 20180809藤田展2

没後50年になる、「藤田嗣治展」が東京都美術館で開催しましたので、8月初旬に見に行ってきました。
藤田の絵は、ポーラ美術館や都内での展覧会で何点かは見ることがありましたが、今回は
約100年前パリを拠点に海外で成功を収めた日本人として先駆けになった、没後50年の回顧展です。
(1886~1968)

追記・・・・下の本から抜粋し引用(今まで展覧会で何点しか、藤田の絵を見なかったという理由)
パリで確立した独創的な「乳白色の下地」による絵画スタイルと獲得した多くの名声にも関わらず
没後長らく展覧会や出版物の数が限られたこともあって
母国日本ですら忘却、もしくは神話化が進み、一時若い世代には遠い存在になりかけていました。
また戦争画への関与や通俗的な人物、作風という先入観もあってか、専門家の間でも本格的な研究対象と
することを忌避する雰囲気が漂っていました。・・・・・・・・・・・・・と書いてある箇所がありました。


藤田嗣治、5歳ごろから絵を描きはじめ、15歳の頃には「立派な絵描きになりますから!」と
医者にしたかった当時軍医だった父に手紙を書いたそうです。
本当に立派な画家になりましたね。ひとつに、絵を売って食べて行けたのですから。

東京美術学校卒業後、憧れのフランス・パリに渡仏(1913年26歳)し、当時のフランス絵画界で
上流階級からの東洋から来た若い画家にと、肖像画の依頼も多かったそうです。
あの画家ゴッホが、生前売れた絵がたったの一枚というエピソードが頭にちらつきました。
当時のフランスでは、経済的な面でも成功を収めた数少ない画家であったという訳です。

主に人物画で知られるが風景画や静物画も多く手掛け、晩年には洗礼を受けて、敬愛するレオナルド・ダビンチから
名前を頂いて、レオナール・藤田と名乗り宗教画も多く描いたそうです。
最後にフランスに戻った時の「礼拝」という絵は、洗礼を受ける藤田夫妻を絵描いた絵ですが、
画家としての集大成の絵で、この絵はフランスの藤田の自宅に生涯掛けられた絵であったそうです。
(今は、パリ市立近代美術館蔵。)

渡仏すぐは風景画や静物画を多く描いたようですが、当時のパリ美術界の流行も受け絵は
乳白色の下地と呼ばれる独自の描き方で、裸婦を描き評判を得たよう。。
少女画や肖像画の絵の雰囲気が独特でわたしは好きです。乳白色の下地のせいでしょうか。
動物に服を着せて擬人化し描いたものも藤田の絵として思い浮かびます。

金伯を使ったような豪華な印象の「目隠し遊び」と題された絵の前では、あまりの素敵に見入りました。


絵葉書①・・・パリ風景・・・渡仏して間もない頃の絵 

20180809藤田展3

絵葉書
②渡仏して若い頃の、「私の部屋、目ざまし時計のある風景」
③最後に日本を出てフランスへ向かう前、ニューヨークへ滞在した時に描いた「カフェ}
④「二人の少女」
⑤「花を持つ少女」

20180809藤田展4

2度の大戦を経験しながら、スペイン、アメリカなどを巡り日本に帰国を余儀なくされると
戦意の高揚を図るための作戦記録画を多く描き、軍部に協力したと云われ、日本を去ることに(1949年)。
それからは二度と日本には帰ることはなく、フランスに帰化した。
晩年にはフランス国籍を取得してレオナール・フジタとなり、欧州の地(1968)に眠っています。

今回の展覧会では絵だけではなく、藤田が暮らしの中で楽しみ、手作りした生活品のいくつかが
展示されていて、絵描き以外の姿をを見ることができ、新しい発見でした。
裁縫、大工仕事、ドールハウス、写真、陶芸なと、プライベートな品々・・・
絵の額縁なども手作りしたそうです。

私は、妻に送ったという装飾木箱(数々あったようだが、展示は2~3のみ)に魅せられました。
丁寧に油彩で絵付けが施されて、小さな職人たちの絵を思い起こされ、そのものが、藤田ワールドでした。。

「藤田嗣治 手仕事の家」の本によると、食べた物を記録したノートなども残っており、
芸術家らしい丁寧な暮らしていたのだろういうことが察しられます。
こういう手作りのものも多数、普段の夫妻の生活を飾ったようです。

20180817藤田展

    ↑↓ 本「藤田嗣治 手仕事の家」より

20180817藤田展2


時代はアール・ヌーボーの時代の影響もあったでしょうか。

買うものは所詮、製品であり、芸術家たるもの、頭から足の先まで芸術をまとわねばならないという
芸術家気質もあったようだが。



最後の仕事になったのはノートルダム礼拝堂の内部の壁画でした。

これからさらに藤田嗣治の研究が進むと、私は美術界に置いて藤田画伯はもっと確固した存在に
位置するのではないかと想像するくらいでした。

藤田嗣治の画家としての作品と生涯を見ることができました。
おかっぱ頭にちょび髭、丸眼鏡にピアスの藤田画伯の展覧会・・・・・楽しみました。





 [ 2018/08/19 00:00 ]  美術館 | TB(0) | コメント(3)

「版画 キングダム」展を見る

201807キングダムパンフ 201807版画美術館チケット

台風13号は、私のところでは何事もなく、静かに去っていきました。

毎日暑いと云って外に出ずまいはまずいと、市立国際版画美術館で開催中の『版画 キングダム』展を見てきました.。
キングダムとは、王国という意味。

展示は夏休み向けでしたね。
古今東西の版画の展示でした。(全部、この美術館所有の物)

版画は沢山の同じ作品が作れるという実用的機能と、時代や環境に応じて発展し
多彩な技法は当時の人に寄り添うようにして発展してきたそうな。
実用的とは、新聞とか、ポスター、出版物やカルタなどに。

草間弥生の、無限の網・・・・連続する文様・・・・
こういう多彩な現代のキングの作品群においても、草間作品は際立った完成度を感じました。(私的に。)
ある意味、とても芸術的なのです・・・・・。
連続する線だけが画面いっぱいに描かれた中に、想像する物やモダンさがとても垢ぬけた美しさを感じます。

安藤広重の、『双筆五十三次 江尻』 や 「富士三十六景」シリーズ『武蔵小金井』 は
色合い、着物の柄などや 作品の目の付けどころ・・・改めて印象に残りました。

棟方志功の『二菩薩釈迦十大弟子』も良かったです。

ぶらり1時間ちょっと、日常の圏外に出て暑さもつかの間ですが蚊帳の外になりました。

夏休みの暑い日でしたので、中学生くらいの子供の姿もあり、また、美術館の隣は公園になっていますので
子供たちが涼を求めて水場で遊んでいました。


町田市立国際版画美術館

思い立ったらすぐに、普段着で出かけられる美術館というのはいいですね。
真夏の日の一こまでした。







晩御飯  鶏の味噌漬け焼き 添えの野菜 南瓜のそぼろ煮
晩御飯  鰹のたたき 豆腐サラダ ナッツのおこわご飯
20180801晩御飯 20180802晩御飯
 [ 2018/08/09 22:27 ]  美術館 | TB(0) | コメント(2)

「特別展 琳派」 を 見る

20180621 琳派パンフレッド パンフ

山種美術館で開催中の「特別展 琳派」を見てきました。
琳派の展覧会は、以前にも何度か見に行ったことがありますが、琳派の絵は大好きで展覧会のテーマが毎回違うのです。

ここが広尾にある(恵比寿駅から10分)山種美術館。

20180621山種2 20180621山種1


山種美術館 ←クリックで

先月、雑誌.和楽「琳派」 を読んでいたので、すんなりと見られたように思いますが
今回も見応えがありました。


琳派の代表的な画家は、尾形光琳(1658- 1716))、酒井抱一(1761-1828)、俵屋宗達に代表され
後に近代・現代の日本画家(福田平八郎・速水御舟・加山又造ら)へと取り入れられていきました。
そして現代は、グラフィックデザイナーの田中一光(1930-2002)が自分の作品に
取り入れていったことが展示されていました。

江戸時代に描かれたのに鮮やかで、大胆で、デザイン性も高く琳派の絵は大好きです。
琳派の『琳』は、美しい玉 とか 華やかを意味するそうです。
琳派と呼ばれはじめたのは近代になってからで、尾形光琳に通じる特徴のある絵を描いた絵師たちを
ひとまとめにされるようになって琳派と呼ぶようになったようです。

屏風絵の下地に金や銀を用いて、主題をデザイン化、簡略して描いたり、見た目に面白さを
表現したのも特徴のひとつです。

美しい花の絵やユーモラスな可愛い動物の絵も多いですね。
芥子の花は琳派では好まれて描かれた花だそうですが、展覧会の最後にあった
加山又造の扇面屏風(屏風に扇型の飾り絵を入れた絵)に、バラの花が絵描かれていました。
どうも、バラの花は洋風の花と思いこんでいましたが、この時代の日本画にもバラが絵描れているのは
珍しいと、思いました。

絵画だけでなく、文机や硯箱、団扇などにも絵が施されたものが展示されて、一緒にしてはいけませんが
昔、私も木箱や身の回りの物にヘタな絵を描いて楽しんだことを、思い出しました。

また、輪郭を白く塗り残す彫塗りといわれる技法も、知らずと私もアクリル絵の具を使った時に
この塗り方をよくやっていましたが
福田平八郎の芥子の花は彫塗りで描かれて、とてもデザイン的で人気ではなかろうか。

20180621芥子 葉書き

余白の美も感じます。連続して続くようなリズム感・・・・何か、見るからに楽しい絵ですね。
改めてこの絵描き方を、彫塗りと呼ぶことも知りました。


絵葉書を、何枚か買って帰って来たら、いつだか前回に琳派展に行った時にも
沢山ある中で今回も同じ葉書を買っていて、自分の好みの絵なんだなと苦笑いしました。
ほとんどが奥村土牛の絵葉書でしたが。

20180621葉書き1
20180621葉書き2

そしてもう一枚、
↓は、酒井鶯浦の若くして亡くなった最後の作品といわれている 「 紅白連・白藤・夕もみぢ図」。
現物はずっと大きくてとても感動ものだったのですが

20180621葉書き3

葉書きや印刷物になると、細部のいろいろな感動が消えてしまい
やはり実物を見ることの大事さを思いました。

「綺麗、綺麗。とっても綺麗・・・・。」と、連呼するような気持ちで会場を後にしました。

江戸時代はある意味において、とてもいい時代であったことを想像しました。





 [ 2018/06/26 00:00 ]  美術館 | TB(0) | コメント(0)

「柚木沙弥朗の染色・もようと色彩」展を見る

20180612柚木沙弥朗の染色・もようと色彩」展1 柚木沙弥朗の染色・もようと色彩」展2

「どこか美術館へいきたいなぁ。」と思っていたとき、
「柚木沙弥朗の染色・もようと色彩」展を日本民芸館でやっているので、ちょっと見に出かけてきました。

色の取り合わせとか、形の組み合わせを楽しみたくって。

日本民芸館 と 入場券
柚木沙弥朗の染色・もようと色彩」展3 柚木沙弥朗の染色・もようと色彩」展4

日本民芸館があるのは知っていましたが、訪れたのは初めてです。
古民家風の建物に入ると、高い天井からタペストリーのように飾られた
生き生きとした美しい模様の型染め布が大きく展示されて、モダンと言ってよいか
見ているだけで元気になる色彩や形、組み合わせに、ため息が出るように美しかったです。

染色の他、ガラス絵、ポスター、絵本など、きっと、どこかで作品のひとつは見たことがある・・・と
誰しも思うのではないでしょうか。

現在95歳になられお元気で、周りの人に支えられながらも一人暮らしをし
「面白くなければ、やらない。」と、ご活躍の姿に、元気をもらいます。
今回は模様と色彩に焦点を当てての展示でしたが、普段は可愛いおじいさんで
指人形を作ったり(それがまたユニークでいい)、普段の生活のいろいろからヒントを得て
幅広い作品をつくり出すという。

芸術と云うものは、音楽でも、踊りでも、絵画でも、みな自然の世界のものがお手本ではなかろうかと
思いました。
自分の身近にあるものが・・・・

私は、ウィリアム・モリスやルネ・ラリック・・・暮らしの手帳の 花森安治に繋がる
デザインの精神があると感じましたが。

日常の空間で楽しむアートとして、こういう布が側にあったら素敵ですね。
豊かな色彩やデザインが、活力あふれる日常を想像するだけで、元気になれると感じ見てきました。

女の人においては、服を作ったり、小物を作ったり、インテリアを考えるような人にも
大いに刺激になるのではないでしょうか。

楽しかったです。



 [ 2018/06/15 00:05 ]  美術館 | TB(0) | コメント(2)

「横山大観展」を見る

20180517yokoyamataikanntennpannfu パンフレット

20180517yokoyamataikanntennpannfu2 チケット

東京国立近代美術館で開催中の日本画の巨匠 「生誕150年 横山大観展」へ出かけてみました。
今月27日までなので、とても混んで入場制限がされていました。(5月17日)
と、いう訳で目の前で見れない絵もあって、残念でした。

今回話題になっているのは、重要文化財になっている「生々流転」と題された40Mもの長い巻き絵でしょう。
水の一生を表して物語風に描いたような墨絵で、少し前の時代の版画などの形で表したもの(例えば雨の線)を
描かず、描いた絵の風景の方をぼやかして、雨が降っている情景を表していました(言葉で書くのも難しい。。。)。
大観の墨絵の技法がここにあり、長さもしかりですが迫力を感じました。

若い頃に描かれた絵(美術学校卒業作品)のやまと絵風の感じがするものも、私はよかったです。
日本画という言葉は比較的新しく、文明開化の頃、溢れる西洋化の波が押し寄せ
西洋の絵に相対して出来た言葉だそうです。
西洋画とは違う日本画を確立したから、日本画の巨匠と云われるのですね。

墨絵も多かったのですが、中には、琳派を思わせるような色鮮やかな屏風絵も惹きつけられました。
以前にも見たことのある絵でしたが、「夜桜」「紅葉」の2点。とても迫力あり。

「空気を描けないものか」という師匠の岡倉天心の言葉かけから、工夫した描き方・・・
当時は、はっきりしない絵だと不評だったという「朦朧体」(もうろうたい)と呼ばれた、輪郭を
ぼかしたような描き方の日本画の画風も確立したとのようです。
そんな絵も今回は注目されているようでした。

晩年はその朦朧体を超える絵を描いていったそうです。
つまり大観は心を込めた(表した)絵を描いていったのでしょう。

画は人なり・・・・と。
そういう絵を描きなさいと、言っているような気もしました。
目で見ただけでなく心で見たものを一生懸命、お描きなさい・・・雑に描いてはいけませんと、云っていたかもしれませんね。

展覧会は早めに行くべし。
閉会間近は混雑して、人ごみで押されて半分くらいしか見れなかったような気もして
少々消化不良で、それはちょっと残念でしたね。。。


私は初めて行った、東京国立近代美術館の建物。(地下鉄東西線・竹橋駅からすぐでした。)

20180518bizyutukann



 [ 2018/05/21 00:00 ]  美術館 | TB(0) | コメント(3)

『プーシキン美術館展』(東京都美術館)を見る

201804227tiketto

連休に入る前、東京都美術館で開催中の「プーシキン美術館展ー旅するフランス風景画」を
見に行きました。
今、上野の国立西洋
美術館の方の展覧会も見たいと思っているので、こちらを早めに先に見ました。

プーシキン美術館は、モスクワにある国立美術館です。
ここに収められている主にフランス絵画の風景画を中心に展示したのが今回の展覧会です。

画家が描く絵や絵画の変遷は、往々にしてその生きた時代に影響を受けながら描かれるものです。
そんな時代の流れを感じながら、今回展示の絵の数々を見てきました。

世界各地にある美術館も、上流階級の収集家や実業家の手によって絵を集められたのが
始まりだったり、ボストン美術館のように、市民の手で作られていった美術館だったりといろいろだが
プーシキンは前者。

18世紀以前の絵は宗教画や歴史画が多く、風景画も時々あったが、それはありのままを描いたものではなく
絵はこうあるべきという流儀のようなもので描かれたようです。
絵は特権階級のものであったという時代から、市民志向へと変わっていったのです。
風景画というものは、宗教画や歴史画より下のものという見方もされていたようです。

自由に・・・市民の生活や画家が住んでいたところの景色や旅した風景を描くようになったのは
その頃の時代から来るもの、フランスにおいては、19世紀半ばに「パリ大改造」が施行されて
どこまでも続く道路、列車が走るようになり人々が自由に移動できる(それまでは絵は室内で描かれることが
ほとんどだった)ようになっていった(中流階級の台頭)

そして、印象派絵画のまばゆい陽の光、
こういう時代背景から印象派の始まり、チューブの絵の具の開発など、世間が上流階級から市民の生活に
結びついたものへ志向が向かった。
ある意味、身の丈の芸術に変化していった時代。

ロシアの美術館へなぜフランス絵画の多くが?
やはりその時代もフランスは憧れであったこと、鉄道が発展していったことなどが影響。

色彩が躍る美しい風景画の数々を見ながら、近代絵画の流れがやっとつかめて来た
私です。
やはり美術史上、印象派というものは大きな変革?だったことを改めて感じます。

今回印象的だった絵は確か?『女性のいる森の風景』1870年 アンリ=ジョセフ・アルビニ―
森の木々の木漏れ日が女性の姿に映り、描き方がすごいなーと。

展覧会記事はいつも私の個人的な感想ですから、見る人それぞれが好きに感じ、思うところは
いろいろです。
次にまた私が同じものを見に行ったとしても、同じように感じるとは限らないし、
又、違う発見もあるかも知れません。
だから展覧会は面白いと云えるでしょう。


今回、ミュージアムショップで買ったものはこんなもの。

20180427matori-sika根つけ 

マトリーシカちゃんの極小根付けだけ。
気に入った絵の絵はがきは有りませんでした。







晩御飯  生鮭ムニエル ソテー野菜添え もやしのシーチキンサラダ 納豆
20180428晩御飯






 [ 2018/05/06 00:00 ]  美術館 | TB(0) | コメント(3)
旬の花時計
プロフィール

はなこ

Author:はなこ
“はなこの暮らし工房”にようこそ!
東京都在住
庭で咲いた花、手作りしたもの、毎日の生活のひとコマを綴ります。
自分の為の備忘録。

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